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「ふくしまツアー」を中止し、費用の一部を災害支援基金に寄付します (2019.11.11更新)
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ふくしまツアー参加者募集 (2019.08.20更新)
ふくしまスタディツアー報告 2017.11.4〜11.5 (2017.11.07更新)
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ふくしまツアー参加者募集 <飯舘村からふくしまを考える> (2016.08.29更新)
2月21日、福島のコミュニティー再生事業として、今回は南相馬へ行ってきました。 (2016.03.03更新)
会津自然エネルギー事業ツアー レポート (2015.09.16更新)
2015.02.23
福島県川内村の今
神田香織
2月9日に福島県川内村で福島県玉川村に伝わる「井戸掘り五平」という講談を語ってきました。8日の夕方に川内村に入り、主催者の教育委員会の皆様と懇談しました。双葉郡川内村は山間地域で、平伏沼はモリアオガエルの繁殖地としても知られ1960年には「かえるの詩」で有名な草野心平が名誉村民になるなど、自然豊かな「かえるの里」で知られています。当NPOでも2012年5月のイベントで、川内村に住んでいた「裸のフクシマ」の作者、たくきよしみつさんに講演していただいたこともあります。たくきさんもカエルに魅せられた一人とか。原発震災で村民は主に郡山の仮設住宅に避難していたが、比較的空間線量が低いということで昨年10月から本格的に帰村が始まり、およそ3割り程度の人々が戻ってきました、仮設住宅の郡山より空間線量は低いものの買い物などの不便さに若い人たちはなかなか戻らなく、帰村者はほとんどが高齢者とのこと。
また、作秋完成した仮設焼却炉は一月から本稼働、生活インフラの復旧…と問題は山積みだそうで、たしかに出演の依頼メールにはこう書いてありました。「昔ながらの農家と土建業者の保守王国、原発災害後も復興のフロントランナーとして経済産業省・文部科学省の手のひら中で踊らされている感もゆがめませんし、災害の原因を曖昧にしたまま、復興のイメージを膨らませ、避難住民を帰還させ、さらに教育復興ビジョンとして子供たちを利用することには納得がゆかず、子供たちの目線で日々業務を行っています。」
福島はどこへいってもその地域ならではの問題、悩みがあるのです。道路の線量は0,1μSvぐらいで首都圏とそう変わりませんが、宿泊した旅館の2階は0,2μSvと高かったのはおそらく屋根の除染がまだだったのでしょうか?
9日は雪が吹きかけてとても寒い一日でした。昼食はおにぎりと白菜とたくあんの漬け物。お米も漬け物も美味しくて、やはりいいところと感心しながら会場へ。会場は予定数50人を上回りほぼ満席の80人も集まりましたが、高齢の女性がほとんど!?講談自体は30分ですが、福島がまったく収束していないのに、また大勢の県民が混乱の極みで苦しんでいるのに再稼働を目論む現政権に対して怒りと笑いの前説が長引き、なんと1時間半もしゃべくりまくり大いに楽しんでいただきました。
40年ぐらい前、川内村に都会から若者が移り住み自給自足の「理想郷」を求め生活を始めた「獏原人村」のマサイさんも客席にいました。自分たちで発電し、養鶏、農業で子どもを育て仲間とともに永年生活してきた彼らも原発震災で痛手を受けたのは言うまでもありません。暖かくなったら「獏原人村」に取材に伺う約束をして、記念写真にも加わってもらいました。後日届いた担当の 川内村教育委員会の方からお礼のメールを紹介させてもらいます。
【「講演の前段に私たちの思い・怒りを、明確に口に出していただき、気持ちがスッキリしました。
「井戸掘り五平」も川内村の現状に重なるところがあり、勇気をいただきました。本当感謝申し上げます。
川内村は「復興のフロントランナー」として国・経済産業省の手のひらの中で踊らされています。職員や村民も矛盾の中であえいでおります。
今後も川内村の村民や子供たちに寄り添ってい頂ければと思います。
私事ではありますが、我が家は震災の6年前に富岡町夜の森に新築し転居、現在「帰還困難区域」であります。
妻と娘がいわき市のみなし仮設(アパート)に避難中ですが、不動産屋からみなし仮設の打ち切り通知が来て、次の避難先を探し3月にはまた引っ越しをしなければならなくなりました。「何度引越せばいいの?何時になったら落ち着くの?」と涙し嘆いている状況です。妻も神田さんの講談で少し元気になったようです。
今後もご活躍とご自愛をお願いし、御礼といたします。】
このメールが届いた12日、原子力規制委員会は関西電力高浜原発3、4号機を適合と認めたとの記事。福島がこんなに苦しんでいるのに再稼働とは心底あきれ果てます!でも決してあきらめずに、これからも私個人も当NPOも福島に寄り添っていきます。

