特定非営利活動法人「ふくしま支援・人と文化ネットワーク」





9/23第2回祈念コンサート篇【岡まゆみ―ソロ・ライブ―】のお知らせ (2017.6.1更新)

5/21講演会のお知らせ (2017.4.7更新)

2017年度定期総会開催のお知らせ (2017.4.7更新)

福島から世界に届け!民の声 12.11鈴木博喜さん報告会 (2017.01.06更新)

「安全宣言」のもと福島で何が起こっているのか? 11.13荒木田岳氏講演会報告 (2016.11.18更新)

福島から世界に届け! 民の声 ~汚染・被爆・避難の現実~ (2016.10.24更新)

11月13日、荒木田岳氏(福島大学准教授)の講演会を開催します (2016.10.14更新)


…過去の記事を見る

2012.11.15

「福島人権宣言」シンポジウム

 11月11日、福島市で「『福島人権宣言』を考えるシンポジウム」が開催されました。
 放射能被害に今も苦しむ福島の人々は、避難・疎開の権利や損害賠償を訴えていくうえでの基本理念として、「福島人権宣言」を起草しました。これは日本国憲法の精神にあらためて立ち返り、幸福追求権や情報を知る権利など市民が当然求めるべき権利を高らかにうたいあげたものです。今回のシンポジウムでは、放射能被害の現状が報告されると共に、この宣言をベースに何ができるか、これからの課題が話し合われました。
 パネラーの一人として参加した郡司真弓理事が報告します。


11.11「福島人権宣言」シンポジウムに参加して

理事 郡司真弓

 11月11日、福島市の福島テルサで「福島人権宣言シンポジウム」が開催されました。私はパネルディスカッションのパネラーとして参加してきました。

snap  福島駅に降り立ち、放射能の空間線量が高い福島市街を歩いてみると、誰もが何事も無かったいような平和な生活が送られているようでした。
 しかし実際は違います。駅前に一人の女性が放射能汚染のパネルを持って立っていました。話をきいてみると、「福島の人たちの意識は変わってきました。3・11以降、静かだった人たちも、昨年末から声を出しはじめ、この夏には怒りが出てきました」とのこと。

 会場は、開始前から多くの人の熱気に包まれていました。それは、福島の人たちの怒りの表れでした。

福島人権宣言とは

 まず、この間、福島の人たちに寄り添い、支援をし続けてきた野村吉太郎弁護士から、「福島人権宣言」についての説明がありました。

 この宣言は、日本国憲法に明記されている個人の尊厳のもとの幸福追求権(第一三条)、平等(第一四条)、言論と表現の自由(第二十二条)、個人選択権(第二十二条)、財産権の保障(第二十九条)、そして第九十九条の「公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」を基本に、福島の人たちの人権を高らかに謳ったものです。それは、国策として原発を推進してきた国の責任を明確にさせるものでした。

 そして、この人権宣言は、憲法を使って福島の人たち、一人ひとりが本来あるべき笑顔と人権を取り戻すことをめざすものです。憲法は、国家権力が暴走・肥大しないために、一人ひとりが国をけん制する「道具」でした。今回の「福島人権宣言」は、憲法を使ってあるべき人権を求める画期的な市民による動きです。

snap  パネルディスカッションでは、それぞれ立場の違う3人がパネラーとして意見や問題提起をしました。
 福島大学准教授の石田葉月さんは、大学の中で徐々に脱原発の動きができにくくなり、まるで戦時中のような空気があることに触れ、それでも国や県ぐるみの安全キャンペーンに対する異議申し立てや、文科省作成の安全な放射能の副読本でなく、バランスの良い副読本を作成してきたことなどを報告しました。

 また、福島市から関西に避難した近藤香苗さんからは、避難に至るまでの心の葛藤や、関西で感じる福島との温度差など、実体験を踏まえた話がありました。さらに会場からはいろいろな声が聞かれました。それは、国から見放された怒りでした。

会場にあふれる怒りの声

●女性(伊達郡)
事故後、身体の体調が悪く変調が見られているが病院では関係ない、と断言されている。
今の福島には、生存権が認められていない。
●女性(福島市)
今、行政は不安を解消するのが目的となっているがおかしい。私たちにあるのは不安ではなく危機意識であり、行政の仕事は生活再建を図るのが目的であるはず。「頑張ろう!福島」と言われても、頑張る根拠が全くない。頑張れば放射能もなくなり、再建ができるのか。
●男性(川俣町山木屋地区)
放射能被害で避難し、今、4畳半の仮設住宅で生活している。約20年間、農業の組合長をやってきたが、エネルギー政策に何の不安もなく過ごしてきたことを反省している。農協の共済には原発被害は除外されているので、全く保障金は出ない。今、電力関係企業100社の内部留保が80兆円と聞いている。安全神話の中で儲けてきた企業があるが、何の責任も持たない。これから裁判を起こしていきたい。
●男性(福島市)
昨年の3月15日、ラジオから23.9マイクロシーベルトの情報があった。2日間で1年間の1ミリシーベルトを超えた。除染をしたが、自宅周りは18万5000ベクレルという数値でチェルノブイリの避難地域と同じ汚染だと知った。家の中は0.8~1.4マイクロ。庭は5マイクロだった。除染後は家の中は0.3~0.11マイクロ、庭も2.8~0.24マイクロに下がったが、庭や畑は5~20センチの土をはぎ取った。庭や畑がなくなり、喪失感と虚脱感に覆われている。畑の野菜を測ったら47ベクレルが検出され、もう家庭菜園はあきらめ、野菜は県外から買っている。内部被ばくも心配である。
●女性(二本松市)
昨年7月11日、政府交渉の時、福島に常駐している国の官僚に、「私たちは他の県の人たちと同じく生きる権利がありますよね」と聞いたら、官僚は「あるかどうか分かりません」と答え、びっくりした。その時から「人権」について考えてきた。
二本松で3月15日午後2時22分、100マイクロ、部屋の中が20マイクロであった。3月16日午後1時8分は、80マイクロ、19日は部屋の中で20マイクロだった。汚染されていない土地、食べ物、住居を賠償してほしい。庭のタンポポが1.8メートルにもなり、頭の上で花が咲いていた。土壌汚染は51万3000ベクレルあった。避難は個人でやるのではなく、国がやるものであり、怒りが収まらない。
●女性(福島市)
娘が3人いる。長女は結婚して南福島から子どもを連れて新潟に避難。行政は子どものために対策をとってくれているのか疑問。学校帰りの子どもたちはマスクをしていない。野外活動や運動会、プールも普通に行われている。高校では除染がすんでいない阿武隈川の河原でマラソン大会もやっている。給食は福島の子は20ベクレル以下なら大丈夫というが、子どもたちには全く放射能が入っていない食材を提供してほしい。
●女性(福島市)
毎日不安と絶望の日々だ。今、やけどのような症状が出てきている。ひりひりぴりぴりという感と、目やほほが真っ赤になりノイローゼ気味だ。お医者さんは「因果関係を認められない。人によって個人差があるから」と言って取り扱ってくれない。庭は5マイクロあるところもある。夜もゆっくり眠れない。放って置かれているような感じがしている。もう精神的にきつくなってきた。黙っていたのでは一歩も前に進まない。みなさんとがんばっていきたい。人権宣言に救われる思いで参加した。
●男性(川俣町の町議)
法律で決めた制度や仕組みを行政が守っていないのが一番の問題だ。汚染も5000ベクレル超えれば耕作不能となるが、川俣町山木屋地域は基準の6倍超え、チェルノブイリの27倍になっている。東電関連社員に無脳児が生まれたが、因果関係が証明できないので黙っている。作業員に白血病も2人出た。除染して帰還できるのは夢のまた夢である。1ミリシーベルト以上のところは全部賠償しなければならないから、安全と言って帰還させている。国は、企業には100%賠償するけど、個人賠償はかかった費用の20分の1である。こんな非人間的な話がまかり通っている。
伊達市だって南相馬市だって、避難すべきだ。賠償金も仮払いすら2割しか受けられていない。本払いは2年後に支払われる。「2年後に帰ります」という宣言をして、東電に「これ以上賠償は要求しません」という念書を出さないと本払い金が出ない。まだまだ住民が救われる法体系ではない。民放709条の損害賠償、710条の精神的賠償のいずれも法律の専門家にすがらざるを得ない。
●男性(川俣町山木屋地区)
昨日環境大臣が仮設住宅に来たが、つくづく、「福島県人はお人好しだなあ」と思った。誰も大臣に文句言わない。かえって握手をしている。「大臣、仮設住宅さ二晩三晩泊まってみろ」といった。政治家はまったく現実が見えていない。我々は帰還後の生活が一番気になる。春は山菜、秋にはキノコ狩りが楽しみだった。春にはうぐいすの音を聞いて、生活してきた。その生活が全部奪われた。この先が見えない。この10日間で同じ部落の人5人も亡くなった。自分も仮設住宅で死にたくない。わが家にもどりたい。
●男性(福島市、小学校教員)
福島市では今年度、子どもたちに年間2時間の放射線教育が義務づけられ、教育委員会でこの夏休みに冊子を配布した。ひょっとすると文科省のようにとんでもないものか、と思ったが、中身はまともだった。基本的に子どもの健康と安全を守るという視点だった。教委も大変悩んでいたようだ。福島は安全だ、元に戻そうという圧力が教育委員会にもかかってきている。健康を守りたいが地域の声もあるし、という両ばさみの状況だ。
●女性(福島市)
最近東電と直接話をしている。法人は賠償できると聞き、2~3カ月前に申請書類を出した。赤字決算になった分を出して、補塡してほしいと言った。個人で言ってもだめだったのに、会社には書類がすぐに来たので、領収書などをそろえて送った。後日、東電から電話があり「放射線測定器は賠償の対象ではありません」とのこと。事故がなければ買わないものなのでなぜか聞いたら、「申し訳ありません。きまりで損害の対象ではありません」とのこと。また避難した経費を申請したら、「福島市は避難区域ではないので、損害ではありません」。職員を一時避難させたので会社が休業した間の損害については、「休業補償はできません。営業を続けていて風評被害で利益が減った分だけは補償します」とのこと。
まったく、おかしな話で、だんだん腹が立ってきた。昨年に申請した友だちのところは全額補償されたので聞いたら、「その当時はどたばたしていて全額支払ってしまった」という。東電ってどういう会社なんだ?とビックリ。みんなで声を上げないと解決にならない。この人権宣言を、みなさんで声を大きくしていきたい。
●女性(福島市)
子どもを持つ母親として現状を一言。見えない被害って本当にやっかだいなと感じている。危ないといっても子どもたちは実感がない。運動会、プール、河川敷の線量が高いところであえてマラソンさせる。私は学校に抗議したが、物別れに終わった。今の教育現場で安全は確保されていない。校庭でほこりが舞うし、除染した中央は低くても、端っこに行くと高い。中学生、高校生はインターハイや全国大会を目指しているが、なぜそこで安全な環境が用意されないのか憤りを感じている。
子どもたちの人権がふみにじられている。1年8カ月もこんな所で暮らさせて、短期間の保養でいいのか。今からでも避難や疎開をさせていかないと、何かあった時に、誰が責任を取るのか。県は子どもを県外に出したくない。国は県に丸投げ。親たちが声をあげないとどうしようもない。未来を担っていく子どもたちの人権のことを一緒にかんがえていただきたい。
●男性(福島市)
子どもは千葉に避難させている。健康とは病気でないことではない。WHOは健康とは「身体的にも精神的にも社会的にもよい状態」としている。そうなると、ぼくらはすでに健康被害を受けている。子どものことを心配することも「健康被害」である。狭い範囲に健康被害をもっていくのではなく、広く被害と考えて賠償を求めていきたい。

福島から日本の社会を作り変える一歩を踏み出す

 会場からの叫びは、福島の人たちが心身ともに限界状態にあることを示しています。この叫びと怒りを共有する人が、電力を享受してきた首都圏の人、さらに関西の人の中に果たして何人いるのだろうか…。

 前日、神奈川県内で「福島と放射能」のテーマで開催された学習会に参加し、数人の参加者が「福島のことが遠くて、何が起きているのか分からない」と発言していました。その声を聞き、私は大変驚きました。関心さえあれば、ネット社会の今、情報は余るほど手に入れることができます。しかし当事者以外の人たちにとっては遠い過去の出来事になってしまっているのです。
 これ以上、福島の人たちを犠牲にさせてはいけません。そして、いつまでも、私たちは福島の人たちの悲しみ、怒りに共感する感性を持ち続けなければなりません。

 今、福島全域で安全だ、戻ろう!という空気が漂い、マラソン大会などがあちこちで開催され、子どもたちが放射能汚染の環境の中で、強制的に走らされています。安全と断言する根拠は全くありません。安全宣言の裏には、福島の人たちを犠牲にして成り立つ巨大な原子力ムラの利権があります。

 憲法に保障されている権利を求めて、福島の人たちは怒り、立ちあがりました。同じ怒りを抱きながら、全ての人に与えられている人権が保障される社会を作っていきましょう。今、福島から日本の社会を作り変える一歩が始まりました。多くの方々のご支援をお願いします。