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2012.09.30

フクシマを二度繰り返すな。再稼働阻止に人々がこめた思いとは

横田朔子(当会理事)

 2012年6月29日、大飯原発再稼働に危機感を強めた十万人を超える人びとが官邸前抗議行動に参加して余韻さめやらぬ翌朝6時30分、「テントひろば」のチャーターバスで新宿を出発しました。
 「たんぽぽ舎」&「経産省前テントひろば」の呼びかけで6月30日~7月1日の福井県大飯原発再稼働反対現地アクションを応援し共に闘うため、東京からは総勢50名が参加しました。

1.6月30日/再稼働反対住民集会とデモに全国から600人が参加

snap  屋内集会には、主催者(STOP/再稼働現地アクション)の予想を上まわる600人が参加し、会場に入り切れない人びとがいっぱいでした。
 地元の福井からは、長年反原発運動を進めて来られた中嶌哲演さん、おおいテント他から参加。。福島からは「原発いらない福島の女たち」の佐藤さん、森園さん。再稼働が予想されている伊方・志賀・泊・玄海原発で闘っている人びとや東京、大阪、京都からの連帯のアピールがありました。

snap  集会後、おおい町役場からオフサイトセンターまでデモ行進し、牧野副大臣に再稼働を直ちに中止するよう申し入れを行いました。
 人口9000人、世帯数3000の小さな町に、原発再稼働に反対して600人が集まる事自体大変な事です。過去には、大飯原発1・2号機の建設時と3・4号機の増設時には地元周辺地域で反対闘争が粘り強く行われたそうです。そうした地元での反原発運動の歴史が今日まで脈打っている事に、私は応援どころか勇気をもらった気がします。
 原発立地地域の住民の意識は、どこでも白か黒かという単純なものではないでしょう。おおい町の予算110億円中5割強の60億円が原発関連の交付金等の収入であるという現実が重くのしかかっている中で、原発事故への不安、雇用不安が入り混じり、町民の意識は複雑だと聞きました。それでも住民の意識は確実に変化している事を、現地で闘っている人たちは実感していました。

2.大飯原発ゲート前の再稼働阻止行動

snap  翌朝7月1日、私たちはバスで大飯原発ゲート前に向かいました。午前中到着した時は、すでに原発に通じる入り口の道路は前日から若者たちが自分たちの車数台に鎖を巻き付け、連結してバリケードを築いて盛り上がっていました。

 後で聞いた話ですが、6月30日住民集会が行われていた午後3時過ぎ、おおいテント村に集まった若者たちの中から数十人が、集会とデモに警備が集中している隙をついて大飯原発前のゲート前にバリケードを築いたそうです。
 前日の集会に参加した東京・関西からの参加者100名が合流すると、車のバリケードをバックにして道路いっぱいに張ったロープの前に、市民・労働者・高校生親子らが腕を組み合いヒュ-マンチェーンをつくって、「再稼働反対!」のシュプレヒコールと拍手で迎えてくれました。
 ヒューマンチェーンの前後のひろばでは若者たちが思い思いの服装で、ドラムや太鼓などの楽器を鳴らし、リズミカルに踊りながら「再稼働反対!」を連呼していました。
 緊迫感漂う光景を想像してきた私の目に映った彼らの闘う姿は、新鮮そのものでした。

特徴的だったのは、
1) 大飯原発再稼働反対集会に初めて伊方・志賀・泊・玄海原発から闘う人びとの参加があった事。(闘う現地の横のつながり)
2) おおい現地に各地から集まった若者たちが実力闘争の中心をになった。(主に関西方面中心というだけで、私はいまだに彼らの名前も知らない)
3) 終始ドラムや太鼓で全体を盛り上げ、老いも若きも女も男も自然にリズムに乗って踊りたくなる雰囲気で、悲壮感漂う決死部隊のような光景とは異なった闘いの場となった。
4) 福島から参加した「原発いらない福島の女たち」(佐藤幸子さん、郡山出身の宮園さん)の発言・アピールが最もリアリティがあり、聴く者の胸に響く内容で、若い機動隊員の目がうるうるした場面もあった。
5) 政党や労働組合の動員指令に基づく行動ではなかったが、現場の指揮者の言葉には全員が了解し、見事な統一行動となった。

 例えば、ネット配信の動画を見た人は気付いたと思うが、「非暴力を貫こう!」「絶対に警官や機動隊に手を出さない。挑発にのらない!」「機動隊と押し合いになったら、両手を胸より高くかかげて武器を持っていない事を示そう!」「警察や機動隊の暴力行為に対しては、暴力反対を訴え堂々と権利(再稼働反対)を主張しよう!」とかです。

 赤ちゃんを抱いた母親、子どもを肩車にのせた父親、愛犬を連れた男性、女子高生、思わずカメラを向けたくなる可愛い子どもたちを連れた母親、外国人、それにオジサン、オバサンたちが、「大飯の再稼働反対!」「子どもを守ろう!」「未来を守ろう!」「福島返せ!」「自然を返せ!」「大地を返せ!」「原発いらねえ!」「放射能怖い!」etcを唱和。地元や大手メディア、市民メディア、外国人特派員等報道関係者も多数取材に来ていました。
 私は小さなハンドマイクを持って行ったので、いつの間にかウグイス嬢(笑)になっていました。

snap  途中、「東京をはじめ各地から機動隊が結集している」の情報に緊張感が漲る刻もありましたが、福島第一原発の過酷事故を2度と起こさせてはならないという人間として当たり前の主張に支えられ、怖さは全く感じませんでした。また、雨と湿度の高さ、空腹にもめげず、心底再稼働をくい止めたい!7/1の「再稼働スイッチON」を遅らせたい!という思いでさほど疲れも感じませんでした。

 おおい町の町民はこうした闘いをどんなふうに思っているのだろうか?とそれだけはずっと気になっていました。デモ行進をしても通りには人影は少なく、雨戸を閉め切った家も見られましたが、中には道端で足を止めて手を振りながら一緒に「再稼働反対!」と唱和する町民もいました。
 大飯原発に対する要請書を直接鈴木所長に手渡ししたいと申し入れてもラチがあかず、最終的には大勢の警官に囲まれた中で要請書を読み上げ、代理の人に手渡すという場面もありました。

3.大飯原発再稼働阻止行動ーゲート前の35時間の闘いは終わる

 私たち東京からの参加者は、10名を現地に残して午後1時にバスに乗車し、後ろ髪引かれる思いで大飯原発をあとにしました。
 バスの車内では、現地情報が絶え間なくアナウンスされましたし、動画を見ては怒ったり、拍手したりで眠るどころではありませんでした。
 午後5時半、「警察による退去通告が出され、黒いヘルメットと防護服姿の機動隊50名がゲート前に集まった」との情報に、車内は緊張感が走りました。
 しかし午後6時過ぎ、「大飯原発のゲート前の道路が再稼働反対の市民たちに封鎖されているため、牧野経産省副大臣が再稼働スイッチON(午後9時)に立ち会うために正面から入れず、海側から入行する事になった」(福井新聞夕刊)との情報が入った時です。
 裏口から(まさか堂々と……とは言えませんよね)こそこそと入って行く牧野副大臣の姿を想像して、皆拍手喝采。数百名の非暴力の市民・労働者たちの抵抗に、機動隊の暴力を振りかざすことができず、官邸の方針を変えざるを得なかった状況を作りだした事は、どんなにささやかであれ、反原発の運動の歴史に残る闘いだと実感しました。

 午後6時半過ぎの情報では、「警察(機動隊ではなく)が再稼働に反対する市民たちを排除し始めた。女性たちはダイインで抵抗している」と。そして市民の1人が逮捕された!との情報に、車内は抗議の声が沸き起こりました。午後7時過ぎには、NHKのニュースで、新宿のデモに7000人が集まったとの6分間報道があった事、官邸前では2名の市民が再稼働に反対して座り込みに入った事など続々と情報が入ってきて、そのつど車内は拍手。しかし、非暴力の市民たちと機動隊との押し合いの中で両手をあげての再稼働反対!コールや、ごぼう抜きされて排除されていく市民の姿の映像はなかったようです。(ユーチューブを除いては)。その後もゲート前では200人の若者たちを中心にドラムや太鼓を叩いて非暴力の抵抗を続けているとの情報に、車内では涙ぐむ女性もいました。

 途中、福島第一原発の4号機の使用済み燃料プールの冷却装置が故障し、水温が35度を超えたとの情報が入り、車中の郡山出身の宮園さんは必至で親族や友人たちと交信するなど、一時騒然となりました。

 午後9時、「大飯原発再稼働のスイッチON→原子炉の制御棒を抜き始めた!」との情報が入ると共に、バスは新宿に到着。現地に残ってくれた10人の無事を確認し、2日間長距離を安全運転に徹して下さった運転手さんに皆拍手で感謝して、解散しました。

 ゲート前の行動はその後も続けられましたが、午前零時警察は退却。午前2時、主催者の一人が「直接行動により再稼働に抵抗するという目的は一応達成した。多くの逮捕者を出さないためここで撤退する」と宣言し、6月30日からの“再稼働阻止現地の35時間の闘い”は終わりました。
 最後まで闘い続けた人びとは、チリひとつ残さず後片付けをして撤退したと聞いています。
 後日の報告では、この現地での闘いに地元をはじめ全国から延べ4500人が参加したそうです。

 私にとってこの二日間、現地でものを見て、感じて、行動するいい機会になりました。

 3.11事故以前、自分の頭の中では原発に「反対」しているつもりでしたが、何も行動してきませんでした。これは無関心と同じです。一つにはこの無関心さが「原子力ムラ」の巨大な権力構造をのさばらしてきたのではないかと思っています。 一口に「反省する」などと軽々しく言葉を弄する事は出来ません。

 未だ33万人以上の人びとが避難生活を余儀なくされている福島の現実に絶えず意識を寄せながら、自分に何が出来るのかを考えて行動し続けたいと思っています。